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大神神社

ちょっと調子に乗って連投します。大神神社は、奈良県桜井市にあり、ちょうど奈良市から天理市を抜けて明日香村に向かう途中に超巨大な鳥居が見えるのですが、あれです。ちなみに大神神社と書いて「おおみわじんじゃ」と読みます。

ここは三輪山という山を御神体とし、本殿を持たない神社として知られています。三輪山自体がパワースポットとして知られています。また、このあたりは「三輪そうめん」でも有名な場所です。主祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)です。大物主神を祀る神社の総本山であり、大和国一之宮です。

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左上の写真が大鳥居です。はるか遠くからでもその偉容をうかがうことができます。昭和61年竣功、高さ32メートルの日本一高い鳥居です。ちなみに大鳥居の周辺には三輪そうめんの店がたくさんあります。また、鳥居のすぐそばに「みむろ」という和菓子屋があり、ここの最中も有名です。地名の時は三輪と書き、神社の時は大神と書いて「おおみわ」と読ませるのはちょっとややこしいですね。

大鳥居はまだ神社そのものからは結構離れていますので、ここから歩く人は多くはないと思います。市があったり、何かの行事がない限りは右上の二の鳥居の近くまでは車で行けると思います。ここからが木々に囲まれた参道となります。

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参道を進むと、左上の写真のような鳥居(?)があります。〆柱と言うそうで、一種の結界を張る役目のようです。写真のように日本の柱に注連縄を渡したものです。

これをくぐると右上の写真の拝殿があります。前述の通り、御神体はこの拝殿の後ろにある三輪山全体なので、この建物がメインと言えます。1664年建立で、重文に指定されています。また、この拝殿の奥には重文に指定されている三つ鳥居という珍しい形式の鳥居があるようですが、見ることはできません。

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拝殿は左上のように荘厳な唐破風がついており、大変重厚で立派な建物です。パワーを感じます。この拝殿から少し下ったところに右上の祈祷殿があります。平成9年造の新しい建物ですが、広大な砂利の敷地に建ち、右に参集殿、左を儀式殿が連接し、新しさの嫌味がない大変大きく立派な建物です。

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周辺には摂社・末社(大きな神社のそばにある付属の神社)がいくつもあり、それらを巡って散策するのもよいでしょう。狭井神社という摂社に向かう途中に「大美和の杜展望台」という小高い丘があります。ここを登ると左上の看板があります。その名も「恋人の聖地」なんじゃそりゃ。ここからの見晴しは素晴らしいんです。右上の写真のように奈良盆地が一望でき、大和三山を1フレームに収めることができます。実は、この場所NHKの火野正平さんの「こころ旅」に出てきたので一度来てみたかったのです。素晴らしい眺めでした。

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左上は大神神社の摂社の一つ、狭井神社(さいじんじゃ)です。右上はその参道にある池です。大きな神社ではありませんが、三輪山の緑に囲まれ厳かに佇んでいます。実は、この狭井神社の境内の中に御神体である三輪山の登山口があります。途中の飲食、写真撮影等を禁じる旨が書かれており、ハイキング気分で登ってはいけないことを示しています。一度登ってパワーをいただきたいものです。
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橿原神宮 その2

前回のエントリーが今年(2014年)1月13日、7か月を空けたのは初めてのような気がします。特に入院をしていたわけでも、拘束されていたわけでもありません。仕事が忙しかったっちゃ忙しかったのですが、理由は「ただ何となく」です。そうこうしている間に、FC2のテキストエディターも少し変わっていました。まさに浦島太郎。とりあえず復活です。

復活第1弾は、奈良県は橿原市の橿原神宮。でたっ!まさに復活を飾るにふさわしい場所。しかも訪れたのは今年の2月11日。そう、まさに「建国記念の日」つまり紀元節であります。そもそも紀元節とは、初代天皇の神武天皇がここ橿原神宮がある場所で即位したことを記念する日です。つまり、今年で皇紀2674年を誇る我が国のまさに始まりの場所であります。数ある神社の中でもまさに別格。ちなみに、橿原神宮は一度こちらでエントリーしています。この時とはかなり違う内容になります。
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橿原神宮は、大和三山(畝傍山、耳成山、天香久山)の畝傍山の麓にあります。全体が小高い丘を背景にした森の中にあります。左上の写真のように鳥居周りの雰囲気も、以前来た時とは全然違いますねえ。

2月11日、紀元節の日にここを訪れたかった理由は、もちろん紀元節を神武天皇をお祀りするこの場所で祝いたいという思いと、もう一つは右上の写真です。そう、なんてったって初代天皇の即位をお祀りするわけですからそりゃ全国の右翼の皆さんが大集結!という噂を聞き、これは一度この目で確かめねばということに相成ったわけです。橿原神宮に向かう道からもうすでにいかにもな車がたくさんいます。下手すると奈良に向かう高速でも結構出会います。右上のようなベタな街宣車も多いですが、黒塗りのセダンにいかにも貫禄のある黒いスーツのお父さん方が乗っているというケースもかなりあります。10時過ぎに到着したのですが、意外にも駐車場が空いていて駐車することができました。ただ、警察官の数は半端ありません。駐車場ではたくさんの警官が用紙ボードを持って、おそらく駐車場に停まってるすべての自動車のナンバーをひかえています。当然私の車のナンバーも記録されたことでしょう(汗)。
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以前のエントリーでも書きましたが、南神門をくぐると広大な玉砂利のスペースがあり、その向うに左上の外拝殿があります。右端には巨大な干支の絵馬が飾られており、記念撮影スポットになっています。さらにそこから内拝殿をみると以前はただがらんとしていましたが、この日は右上のようにテントが張られて神事が行われます。ちなみに、このテント内に入るためには、5000円の玉串料が必要です。たくさんの方がおられます。
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境内の端では、左上のような銃剣道(これをやっていたのは自衛隊)や、右上の合気道(これは若い女の子がやっていました)などの武術のデモンストレーションを行っています。これだけ見てもやはり他の神社とは違います。
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境内には次々と左上のような集団がやってきて参拝をします。どの集団も大きな声で「天皇陛下万歳!」と叫びます。教育勅語を朗じて参拝する集団もあります。集団の中にはギャル風の女の子も、小学校低学年と思われる子どもなどもたくさんいます。面白いのは(面白いって言ってはいけないのか)、左上のようにこれらの集団の参拝を、一般の参拝客がまわりを囲んで見物しているということです。この風景を撮るカメラマンもたくさんいます(私もその一人ですが)。これらの集団はそれをむしろ歓迎する様子で、衆目の面前で堂々と参拝を行っていきます。「天皇陛下万歳‼」のあとに一般の参拝者から拍手が起こることもあります。

もちろん、由緒正しい官幣社ですから由緒正しい神事も行われます。右上がその一コマです。何千年も脈々と継承されてきた歴史の重みを感じることができます。
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橿原神宮のまわりには左上の写真のようなきれいな池があり、とてもいい雰囲気を醸し出しています。かと思うと、神宮の周辺の道路には、おそらく数十メートル間隔で右上のように警官が警備に当たっています。この光景が数百メートル続いています。さらにそこには音の大きさを測定する機械が設置されており、街宣車もそれを知っているのでその前を通る時だけはしゅ~っとボリュームを下げて通ります。なかなかできない社会勉強でした。
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橿原神宮からほんの5分ぐらい、畝傍の森に沿って歩くと左右上の神武天皇御陵があります。もちろん宮内庁の管理です。橿原神宮にはあれほど人がいたのに、ここを訪れる人はほとんどありません。それだけにその発するオーラは半端ではありません。なんてったって古事記や日本書紀にでてくる初代天皇の御陵なのですから。

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槙尾山西明寺

 槙尾山西明寺(まきのおさんさいみょうじ)は、京都の嵐山・高雄パークウェイの北にあり、すでにエントリーしている神護寺から歩いて10分程度の場所にあります。神護寺とともに大変山深い場所にあります。この西明寺に車を停めて神護寺と両方参拝するか、神護寺側に停めてこちらにも来るかどちらかだと思います。それくらい近い位置にあります。ちなみに、同じ滋賀県の湖東三山にも西明寺はあり、すでにこちらでエントリーしていますが、名前が同じであるだけで無関係と思われます。神護寺とともに、紅葉の穴場的スポットです。824年~834年の間に弘法大師の高弟である智泉大徳が神護寺の別院として創建したのが始まりです。山際の狭いスペースに本堂、客殿、庫裡、鐘楼などが建っています。本堂は1700年に桂昌院の寄進により建立されました。本堂には正面の厨子に運慶作の釈迦如来像があり、重文に指定されています。いわゆる清凉寺式釈迦如来です。また、本堂内の別の部屋には平安期の千手観音像があり、これも重文です。頭上に10面の仏面を戴く十一面観音でもあります。手は42手です。立派な厨子に納められ、光背あわせて2mは超えるであろう堂々たる立像です。表情が大変美しく、全体的に黒々としており、透かし彫りが美しい舟形光背とあわせて威厳と深い深い慈悲のオーラを発しています。また、この千手観音の右に安置されている愛染明王も大変バランスの良い美しい造形です。こちらは今から600年ほど前の室町時代の作です。
 以下、2013年11月の紅葉アルバムです。
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駐車場から風情のある赤い橋を渡っていきます
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渓谷といってよい場所にあり、川の画も素晴らしい
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神護寺同様、11月10日前後に紅葉は見頃を迎えます
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階段の向うにある表門もとても雰囲気があります
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大きなお寺ではありませんがひなびた感じがまたいいんです
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赤や黄色の鮮やかな紅葉が見事です
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奥の建物が本堂です
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本堂と客殿の間から庭を望んだ図
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赤い紅葉と、山の常緑樹とのコントラストもすばらしい
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庭にある鐘楼です
 紅葉の穴場的スポットと書きましたが、朝9時くらいからすでに結構人出はあります。皆さんよくご存じのようで。しかし、たとえ紅葉時でなくても、川を眺めながら神護寺との間の道を歩いたりl、本堂の素晴らしい仏像を拝んだりでき大変心が和む場所です。

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慈光院

 2013年12月全面的に書き換えました。
 慈光院は、大和郡山市にありちょうど奈良市街の中心部から西の京を経て、斑鳩に向かう途中にあります。それほど広大な敷地というわけでもありませんし、有名な仏像があるわけでもないのであまりメジャーではないかもしれません。しかし、名刹と呼ぶにふさわしい侘び寂びを体現する茶の湯文化満載の寺です。
 慈光院は1663年、大名の片桐石見守貞昌(石州)によって建立された、臨済宗大徳寺派の寺院です。この通称石州という人物、千利休の流れを汲み、後の石州流という茶道を確立したその道では著名な人物のようです。
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 少し坂を登った場所に建っています。その坂の参道を車で登って駐車場に停めることができるのですが、この参道が超細くて両脇には立派な生垣が迫っており、私はそこを車で登る勇気はありませんでした(笑)。で、別の場所に車を停めて参道を登ると左上写真の「一之門」があります。ここからすでに雰囲気があります。左の石碑には「茶道石州流発祥之寺」と記されています。一之門をくぐると右上のような参道があります。両脇が土手のようになっており、その上に木が茂ってそれが影を作り、木漏れ日との間に美しいコントラスを作っています。
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 参道の終点には左上の茨木城楼門があります。もともと石州の伯父が城主をつとめていた摂津茨木城の楼門をここに移築したものです。しかし、楼門というには書院のようになっていたり、茅葺になっていたりとかなり改造されたようです。右上の写真は、境内側からみた楼門です。外から見ると逆光の効果もあり、なかなかシャープに見えるのですが、内から見るとなんとも可愛らしい造形をしています。この門だけでも和ませてくれます。
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 楼門を抜けると右手に書院が見えます。左上の写真です。寺務所で受け付けをして書院に上がります。右上が書院から庭を見た図です。書院は畳と縁側でできており、たくさんの客が同時にお茶をいただくことができます。また、自由に庭園に出ることができます。
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 書院では左上のようなお抹茶とお菓子をいただきます。開放的な作りですばらしい庭園を望みながらお茶をいただくのは大変結構なものです。書院の一角には右上のような小さな茶室もしつらえてあります。よくある小さい茶室ですが、この茶室自体が重文です。
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 書院から庭に出ると、すばらしく手入れの行き届いた庭園が堪能できます。ながめるだけでなく、歩いて散策できるのでとても気持ちの良い庭です。左上の写真は庭の側から書院を見たところですが、美しい庭、美しい植え込み、そして茅葺の風情満点の書院のバランスが素晴らしい侘び寂びを演出しています。書院全体が重文です。また庭園は史跡及び名勝に指定されています。
 この書院の裏側に本堂があります。右上の写真は本堂につながる廊下にある窓です。いわゆる借景というやつでしょうか。まさに天然の景色を切り取って額に収めた意匠になっており、大変美しいです。
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 本堂は昭和59年建立の新しい建物です。その中心が左上の方丈です。ここに本尊が安置されています。正面に三体の像があり、真ん中が本尊である釈迦如来像です。藤原期と記されています。端正な顔立ちで全体のバランスがとてもよく、どこか知的な印象の像です。向かって左が流祖である石州の像、向かって右が大徳寺開山の玉舟和尚の像です。
 方丈の天井には、右上のような墨絵の龍が描かれています。入江正巳画伯によるもので本堂の建立時に描かれたもののようです。なお、ここはいわゆる鳴き龍で、部屋の中に入らなくても入口付近で手を叩いても反響します。
 のんびりとお茶をいただき、庭を愛で茅葺屋根の建物を眺めるというとてもスローライフな空間、それが慈光院です。

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円通院 瑞巌寺その2

 みちのくシリーズ第6弾。今回のシリーズはこれで最終回です。最後は、瑞巌寺に隣接する塔頭、円通院(えんつういん)です。伊達政宗の孫の光宗の菩提を弔う寺です。
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 左上写真の門をくぐってすぐ左に、右上の写真のような石庭があります。大きくはありませんが、とても美しく整備された庭です。
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 石庭のそばにちょっとした休憩所のようなところがあり、そこの丸い窓からのぞいた庭もなかなかのものです(左上写真)。
 石庭を過ぎて少し奥に行くと右上の建物があります。三慧殿(さんけいでん)といい、1646年建造です。19歳の若さで亡くなった政宗の孫光宗を弔うための建物です。重文です。
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 お堂の中はがらんとした板の間になっており、そこに左上のような立派な厨子があり、その中に馬に乗る伊達光宗の像が安置されています。写真でわかるとおり、ガラス越しにしか見ることができず、映り込みの激しい写真になっています。この厨子も建物と同年代に作成されたもののようです。写真ではあまりよく見えませんが、厨子の柱や梁の部分の模様は洋バラやダイヤ模様、スペード模様など、西洋とのつながりを示している意匠とのことです。
 三慧殿から裏に廻ると右上のような洞窟があり、そこにたくさんの墓石や地蔵が並んでいます。松島という場所がこのように全体的に岩山と海に挟まれた場所であることがよくわかります。
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 左上の写真は大悲亭といって円通院の本堂にあたります。1647年にこの地に移築されたもので、先の三慧殿は十分なのにこの建物は松島町の指定文化財なのかはよくわかりません。
 右上の写真はこの大悲亭の向かって右側の部屋に安置されている本尊聖観世音菩薩座像です。像高63㎝とあまり大きくはありませんが、鎌倉時代の作ですばらしい透かし彫りの光背を持つ、りりしい表情の美しい仏様です。松島町指定文化財です。
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 最後におまけとして、五大堂をアップしておきます。瑞巌寺、円通院からそのまま海の方に出るとそこはもう日本三景「松島」です。その海に浮かぶ小さな島にお堂を建て、左の写真のように橋で結んだのが五大堂です。そして、右上の写真がその五大堂です。本当に小さな島にこれだけ建っています。草創は坂上田村麻呂まで遡るようですが、現在の建物は1604年に政宗の命により建立されたもので、正面上の蟇股などの意匠が有名なのだそうです。重文です。その名の通り中には五大明王が安置されているようですが、中を見ることはできませんでした。
 瑞巌寺、円通院、五大堂と近くに位置していますので一度に見ることができます。平成30年まで続く計画になっている大修理が終わった暁に再び訪れたいものです。
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 これで2013年夏に訪れた東北関連のエントリーは終了です。実は今回東北(岩手、宮城、福島)を訪れたもう一つの大きな理由は、右の伊藤若冲(江戸時代に活躍した我が国が誇る絵師)の展覧会を福島県立美術館へ見に行くというものでした。おそらく若冲の作品の中で最も有名であろう、鳥獣花木図屏風を所有しているアメリカのジョー・プライス氏が震災で苦しむ東北を元気にしたいと、震災直後から準備を進め、今回岩手県、宮城県、福島県と巡回していたものです。プライス氏自身、この絵を日本に持ち込むのはこれが最後だと言っていますので、何としてもいかねばなるまいということで仕事の都合により福島での展覧会に参加したという次第です。会場となった福島県美術館は駐車場の所々に何と「放射線量の高い場所がありますのでご注意ください」という張り紙がありました。何をどのように注意すればよいのか全く分かりませんが、現在もそういう状況だということです。しかし、会場は大変な賑わいでした。若冲人気恐るべし。プライス・コレクションでしか見ることができない傑作の数々を思う存分堪能することができました。伊藤若冲は相国寺の項でも述べましたが、仏教にも大変密接な関係を持っていた絵師なのでフライヤー(拡大なしなので許して!)とともにコメントさせてもらいました。

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