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石馬寺

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 石馬寺(いしばじ)は、滋賀県東近江市五個荘という所にあります。この辺りはいわゆる近江商人の地であります。別名馬の寺とも呼ばれています。繖山(きぬがさやま)という山の麓にあります。聖徳太子に大層所縁のある寺で、草創は594年(聖徳太子が摂政になったのが593年!)にまでさかのぼります。その所縁については後程。寺までは、少し登らなければなりません。左上のような階段です。まあ、しんどいというほどではありません。寺の敷地には、基本的に本堂、収蔵庫(大佛宝殿といいます)、鐘楼、庫裡などがあるだけの小さなお寺です。右上が大佛宝殿という収蔵庫です。冬場の平日に訪れましたので収蔵庫は閉まっていたようですが、電話で拝観ができることを確認していきましたので、到着すると若いお坊さんが快く開けていただけました。
 そして、この収蔵庫(大佛宝殿)が正にお宝の宝庫(ん?日本語おかしいぞ)なのです。なんと収蔵されている11体の仏像がすべて重文です。まず、入り口を入ると正面にど~んと鎮座ましますのは、丈六の阿弥陀如来坐像。大きく立派で抜群の安定感。いわゆる定朝様の“どっこい阿弥陀様タイプ”の仏像です。正面から見ても横から見ても堂々たる迫力、それでいて子どものような穏やかな表情。二重光背も一層威厳を醸し出すのに一役買っています。印相は典型的な上品上印ですが、親指と人差し指の間に大きな水かき(縵綱相)があります。立派な台座(裳かけ座)に鎮座おわしますが、仏像そのものとはつながっておらず、乗っかっているだけのようです。
 そして、この阿弥陀様を中心にして左右に十一面観音がいらっしゃいます。どちらもよく似ていますが、微妙に表情が違います。しかしどちらもまるで人のような、親しみのある端正なお顔をしていらっしゃいます。向かって左の方が少しだけ優しい表情です。綺麗な緑色の円光背を持っています。
 そして、その左右にはそれぞれ二体ずつ四天王がいらっしゃいます。吊り上った目や甲冑及び火焔の感じから、四体とも統一性のある意匠で、おそらくセットなのだと思いますが、それぞれ内側の天が小さく、外側が大きくなっています。どれが何天なのかは表示がなく(それぞれ二天像と書かれています)、よくわかりませんでした。踏みつけられている邪鬼がうれしそうでかわいらしい所が個人的には好きです。
 さて、そのメインステージに対面するように六面六臂六足の大威徳明王が牛にまたがっています。すごい迫力で迫ってきます。乗っかられている牛もまさに牛(なんじゃそりゃ)。そして、もう一方のコーナーには、役行者の坐像が岩のお堂のジオラマの中にいらっしゃいます。すばらしい写実性です。まさにそこに修行僧がいる感じです。そして、その左右に前鬼、後鬼という鬼が役行者に付き従う家来のように控えています。
 と、この収蔵庫に安置されている11体の仏像がすべて重文という文字通り大佛宝殿です。お寺の方も扉を開けてくださった後は、もう好きなだけ見させてくださいます。ありがたいことです。
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 さて、収蔵庫の隣には左上の本堂があります。小さなお堂で、土間が多くの面積を占めています。聖徳太子が馬をつないだという駒つなぎの松や、聖徳上宮太子像(見にくいですが、右上写真)など聖徳太子所縁のものがあります。また、臨済宗妙心寺派のお寺であることがわかります。
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 左上の写真はちょうど大佛宝殿と庫裡の間にある庭園です。小さなスペースなのですが、よく見ると格好の良い枯山水になっています。手前の雪がまたいい風情を出しています。
 お寺を出ると、二つの鳥居があります。その一つが右上の鳥居です。雨宮龍神社と書いてあります。鳥居があり、登りの階段があります。本殿等の建物は一切見えません。取りあえず少し登れば社殿があるだろうと思って登り始めました。これが間違いのもとでした。
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 まあ、登れども登れども建物らしいものは一切見えてきません。階段は上へ上へと続いていきます(写真左上)。もう止めようもう止めようと思いながら息は切れ、休み休みになり、熊が出てきたらどうしようようとか、猟師に撃たれたらどうしようとか考えながらおそらく1時間ぐらいかけてかなり高いとこまで登って山の尾根に出て、やっとたどりついたお社が右上です。かなり高い位置にあります。何という特徴はありませんが、たどり着いた達成感は半端ないです。で、下りがまたこれが大変で、けっこう雪が残っているので下りの石階段は滑る滑る。石馬寺に行ってもこの階段は登ってはいけません!
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 再び石馬寺の所まで戻ってくるともう一つの鳥居があり、これは最初から社殿が見えている六所神社という極めてまっとうな神社です(写真左右上)。
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 参道の入り口付近に左上のような石碑とその背後に小さな池があり、聖徳太子霊験の池という札が立っています。そう、これが石馬寺の由緒を物語る重要なスポットなのです。聖徳太子がこの辺りを訪れた際、馬が止まったので近くの松に馬をつなぎ山を登って帰ってきたら馬が池に沈んでしかも石と化していたという、その池なのです。そして、右上の写真の池の中に横たわっているのがその馬なのです!なんという意味不明な霊験(失礼)。そして、その時馬をつないでいた松の木の一部(枯れた株のようなもの)が本堂に安置されていたのでした。相当話を端折りましたがだいたいそんなとこです。
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長命寺

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 長命寺(ちょうめいじ)は山号を姨綺耶山(いきやさん)といい、滋賀県近江八幡市にあり、琵琶湖のすぐそばに建っていますが少し山を登った所にあります。左上が山門で、反対を見ると右上の写真のように階段があります(八百八段あるそうです)。この階段の登り口が見つからず、結局山門のすぐそばまで車で行ってしまいました(笑)。
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 階段を登り切ると、結構な山の中であるにもかかわらず多くの堂宇を有する大寺であることがわかります。寺伝によると、このお寺を開いたのは聖徳太子で、したがって開基は推古時代になるのですが、詳しいことはわからないようです。もともとの伽藍は焼失にあい、現在残っている建物は室町時代から桃山、江戸にかけてのものがほとんどです。
 左上は手前が本堂、奥が三重塔です。どちらも1500年代に建てられた重文です。本堂は入母屋造、桧皮葺で屋根が大きく、庇の反りが美しい典型的な滋賀県の密教系(天台宗)の本堂です。
 本堂には、内陣の厨子の中に千手観音、聖観音、十一面観音(いずれも重文)が安置されているはずですが、残念ながら秘仏で当分公開はないようです。厨子の左右には、毘沙門天(重文)と不動明王がいらっしゃいます。これは、見たはずなのですがなぜか印象にもメモにも残っていません。なぜだろう?
 三重塔は1579年の再建で、高さ24m強の朱塗りのものです。杮葺(こけらぶき)の屋根です。私はこのタイプの塔(初層が上層部と同じような大きさで安定感がない)は正直あまり好きではありません(自爆)。
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 境内には他にも多くの建造物があります。左上の写真は三仏堂で、中に釈迦、阿弥陀、薬師の三仏を祀ります。新しく見えますが、それでも元禄時代に再建された建物で、入母屋造、桧皮葺の屋根、庇が長~く素晴らしい安定感を保つ格好のよい建物です。
 右上の写真は、その三仏堂からつながって左側にある建物で、護法権現社拝殿及び渡り廊下です。これも元禄の再建で、神仏習合の様子を今に伝えます。
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 そこから少し登った所に左上の写真のような鐘楼があります(奥)。鐘楼は1603年の建立で重文です。写真でわかるとおり、三手先の組物がおごられており大変豪勢な作りになっています。同じく左上写真の手前の建物は、如法行堂といいます。
 鐘楼から権現社拝殿、三仏堂、本堂、三重塔を俯瞰したのが右上の写真です。天気もよかったのでラッキーですが、素晴らしい眺めです。これだけで訪れる価値があるってもんです。
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 左上は境内から琵琶湖を望んだランドスケープですが、素晴らしい景観です。ほんとに琵琶湖がすぐそばにあるんです。
 右上は、本堂(左奥)から護摩堂(右手前)をとらえた所です。護摩堂は寄棟の屋根を持つ方形の建物で、1606年の建立です。 
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 寺から再び車で降りてくると、階段の登り口がありました。もし行きに見つけていたらきっとここから八百段登って行ったのだと思うと、見つからなくてよかったなと。
 登り口の近くにみやげものと食べ物を出す店があり、「長命そば」とはなんと縁起がよいのだろうと思いトライしました。餅の入った力そばでしたが、これで10年は寿命は延びてしまいました。

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金剛輪寺 その2

 平成23年11月23日の金剛輪寺です。このお寺についてはすでにコメントしています。湖東三山の一つ、滋賀県愛知郡(えちぐん)愛荘町(あいしょうちょう)にあります。本堂大悲閣は国宝、その他三重塔や仁王門(ともに重文)をはじめ、たくさんの仏像があります(重文多数)。今回は日本最古の大黒天(重文)の特別公開がありました。また、前回はあまり印象に残らなかった四天王像(すべて重文)の素晴らしさを今回発見することができました。
 また、紅葉の名所として知られ、とくに赤い紅葉は「血染めの紅葉」と呼ばれています。開山行基菩薩が聖観音像(本尊、秘仏)を彫っているときに木から血が流れてきて「生身の観音様」と呼ばれていることに由来するようです。紅葉はまさに見頃で、さすがに人出は多かったです。
 前回は参道を登るのが結構きつかったのですが、今回はあらかじめわかっていたせいか、それほど長くは感じませんでした。不思議です。
 また、ここには名勝庭園というきれいな庭園があります。この庭園を含め、紅葉ギャラリーを載せます。
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延暦寺 その3(横川)

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 延暦寺シリーズのファイナルを飾るのは横川エリアです。横川と書いて「よかわ」と読みます。西塔エリアからは少し距離があります。ここの中心は上の写真の横川中堂です。左が少し下から見たところで、右が正面です。新しくきれいな建物です。ここには国重文の聖観音がいらっしゃいます。遠目にも大変ありがたいお姿です。黒々としていてお腹のあたりに何か持っているように見えますが、これはどうもぽっこりお腹のようです。右に毘沙門天、左に不動明王が脇を固めます。
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 横川中堂からさらに山の奥に入っていくと、かつては多分宝物殿か寺務所か何かであったような廃墟があり、その先に左上の恵心堂があります。恵心僧都がこもっていた庵のようなものでしょう。そこから少し戻ってまた違う方向に登って行くと右上の元三大師堂(四季講堂)があります。きれいな庭があり、とても整った感じのたてものです。
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 四季講堂から戻ってくる途中に危うくスルーしそうになったのが左上の根本如法塔です。大正年間に建てられたものですが、木々の枝の中に見える朱塗りの塔(多宝塔と言ってよいでしょう)は、その朱色と緑のコントラストで大変美しく映ります。飛ばさぬよう気をつけること。
 右上のパネルは延暦寺のすべてのエリアに多数設置されているパネルです。ここには親鸞聖人の一生などが紙芝居のようにずらっと並んでいました。最澄の一生、釈迦の一生など3つのエリアにたくさんのパネルが並びます。

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延暦寺 その2(西塔)

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 東塔から車で5分ぐらいの場所に西塔地区があります。東塔ほどの賑わいはありません。ひっそり厳かなたたずまいです。東塔で一緒だった人たちとまたここで一緒になります。西塔地区に入るとまず上の写真の二つのお堂があります。左上写真が向かって左側にある常行堂です。右の写真が右側にある法華堂です。この同じような二つの建物が渡り廊下のような通路でつながっており、人はその下を通っていきます。この渡り廊下を天秤棒のように弁慶がかついで二つのお堂を持ち上げたという伝説があり、弁慶のにない堂と呼ばれています。ともに国重文です。
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 そして弁慶のにない堂の通路をくぐって階段を降りていくと、西塔地区の本堂である転法輪堂(通称釈迦堂)です。大変大きく、屋根の大きさとこの優美なアールがなんとも美しい建物です。国重文です。ずっと見ていても飽きません。中に入るとたいそう古そうな厨子があり、最澄作と言われる釈迦如来立像が安置されています。秘仏ですので当然見られませんが。まわりを四天王などが固めています。右上写真のように、柱と柱の間がすべて開く戸になっています。
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 転法輪堂からにない堂を再びくぐり、もと来た道を戻ってさらに奥に進むと左上写真の浄土院という建物があります。この建物は最澄の御廟です。延暦寺で最も清浄な聖域だそうです(説明看板より)。訪れる人も少なく、ひっそりとたたずんでいます。よく手入れされた枯山水の庭です。
 そして左上の建物の脇の犬走みたい所を通って裏手にまわると右上のお社のような建物があります。大きく「傳教」と書かれた表札があり、赤や青の色使いのペイントがなされています。ここはちょっと不思議な空間です。

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延暦寺 その1 東塔

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 天台宗総本山、歴史で習う(笑)伝教大師こと最澄が788年に創建した比叡山延暦寺。これまで比叡山ドライブウェイは何度か通って京都に抜けたことがあるのですが、実は延暦寺を訪れるのはこれが生まれて初めてです。一度来たかったのですが、延暦寺に来ようとすると、「東塔」「西塔」「横川」の3つの離れたエリアをすべて回らねばならず、それだけで一日つぶれてしまうのでなかなか来れなかったのでした。
 延暦寺の中心は大津側から比叡山に入って最初に着く東塔エリアです(「とうどう」と読むようです)。敷地内に入ると参道には大きなパネルが何枚も並び、伝教大師の一生などの説明がずーっと続きます。これは3つのエリアに共通していて、それぞれ高僧や釈迦の一生などが示されています。それを一つ一つ見ながら進むと時間が足らなくなりますので端折って行きます。
 まず上の写真の大講堂に出くわします。修行や研修を行う場所で重文です。もともとは別の場所にあったのですが、昭和31年に移築されたものです。中には天台宗ゆかりの高僧の大きな肖像画が掲げられています。
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 そして大講堂から坂を降りていくと、延暦寺のハイライトと言っていい根本中堂があります。国宝です。織田信長の比叡山焼き討ちの後、徳川家光により1641年に再建されました。特異な景観を形成している回廊に囲まれ、大きな屋根を持つ、厳粛にして参拝者を圧倒する威容を湛えています。本堂の中(中陣)に入ると、そこが鑑賞の対象ではなく、信仰の対象であることが肌でわかります。理由はありません。とにかくわかるんです。自然と手を合わせてしまいます。内陣がストンと落ちた所にあって、参拝者は内陣や不滅の法灯を見下ろすことになるので、それが一層神秘性を醸し出しています。中陣の天井画や雲中供養のような彫刻があり、それらも大変見ごたえのあるものとなっています。
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 左上の写真は回廊の入り口から本堂を覗いたところです。右上の写真は入り口正面にある階段を登ったところから撮った根本中堂です。いい雰囲気です。
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 根本中堂の正面にある階段を登ると左上の文殊楼があります。立派な二層の門というか立派な楼閣です。ジャッキー・チェンの昔の映画に出てきそうな唐様も入っています。ここの二層目に登ることができます。階段というかもはや梯子を登って行きます。バックパックを背負っているとつっかえてしまうぐらいです。二層に上がると須弥壇があり、獅子の背中に乗る立派な文殊菩薩様がいらっしゃいます。それで文殊楼か!壇の四隅にはおそらく四天王がそれぞれの方角を守っています。
 もと来た大講堂の方へ戻り、さらに通り過ぎて登っていくと右上の戒壇院があります。あまり目を留める人も多くありませんが、国重文の面白い建物です。二層のように見えますが、一重の裳階(もこし)付ということになります。屋根は小さな唐破風付で全体的に先ほどの文殊楼同様に和様唐様折衷の意匠です。戸や窓のデザインや色使い(朱と黒)も面白く、経蔵のようにも見えますが戒壇を授ける場所です。1678年再建。
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 さらに奥に進むと最後の見所、阿弥陀堂です。左上の写真の手前にある大きな建物が阿弥陀堂です。昭和12年に比叡山開創1150年を記念して建立されたものです。朱色が鮮やかです。内部には丈六の阿弥陀如来が祀られています。右上は法華総持院東塔という建物です。多宝塔のように見えますが、一層と二層の間は円形ではなく、四角形です。美しい建物です。もともとは伝教大師が全国6箇所に建てた宝塔の一つだそうですが、信長の焼き討ちにあい、1980年に再建されたものです。ここから反対側を振り向くと琵琶湖の水面が見えます。

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長寿寺

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 湖南三山シリーズの最後を飾るのは長寿寺です。常楽寺から車で5分ぐらいで行けます。左上の写真のように、参道にはうっそうと木々が茂り、楓なども多く紅葉時に来たらさぞかしきれいなんだろうなと思います。実際、シーズン中はバスで紅葉狩りに来る参拝者でにぎわうそうです。私が訪れたときは、参拝者も多くなく、緑満載で薄暗い参道がとてもいい雰囲気を醸し出していました。
 参道を抜けると右上の本堂に着きます。長寿寺は創建が天平年間ですが、この本堂は貞観年間に建立されたものです。貞観年間と言えば794年からほぼ100年間を表し、平安時代前期ということになります。建物が国宝です。シンプルな寄棟造、檜皮葺の落ち着いた建物です。本堂の中には、真ん中に春日厨子と呼ばれる厨子があります。この厨子が国宝です。中には秘仏の子安地蔵尊、観世音菩薩、毘沙門天が安置されているはずですが、当然ながら観ることはできません。厨子の向かって右側には阿弥陀如来坐像、左側には釈迦如来坐像がいらっしゃり、どちらも蓮座を含めると2メートルぐらいある立派な像で、藤原時代作のどちらも旧国宝、現重文です。
 ここは、内陣から裏には抜けられませんが、外をまわって本堂の裏に行くと内陣裏の仏像群をみることができます。金色に輝く聖観音立像、地蔵菩薩などがあります。
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 本堂から右に少し上がった場所に左上の立派な収蔵庫があります。ここに安置されているのは、丈六阿弥陀如来坐像です。藤原時代作の重文です。高さ3メートルになる堂々たる丈六仏です。定印を結び、丸く大きなお顔は静かに眠る赤子のようでもあります。金箔がまだらに剥落しているところが時代を感じさせます。右上の写真は、境内の池にある弁天堂です。文明16年の建立ということで、室町時代の建物ということになります。重文です。
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 本堂から向かって左側を少し上がった場所には左上の白山神社の本殿及び拝殿があります。右上は冒頭に書いた参道で、写真を見るととても涼しげに見えますが、実際訪れたときは真夏で暑いなんてもんじゃありません。
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 参道には左上のように休むところが設置されていたり、そこに置かれている小物がとてもおちゃめでかわいかったりします。帰りには入り口の売店で女性が冷たいお茶と黄金糖をふるまってくださいました。疲れた体に一服の清涼剤となりました。右上は境内にある鐘楼です。

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常楽寺

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 滋賀県湖南市にある湖南三山の第2弾、常楽寺です。善水寺から車で10分ぐらいの場所にあります。この常楽寺と、第3弾の長寿寺はとても近い距離にあります。常楽寺は、他の湖南三山同様国宝の本堂がありますが、ここにはなんと国宝の三重塔もあります。さらにその本堂と三重塔がとなりあって建っていますので、左上の様に、あまりアングルを考えなくても本堂を撮るといい構図で三重塔が入ってしまいます。これはこのお寺の圧倒的なアドバンテージです。常楽寺は、708年草創で、平安時代に比叡山の末寺になりました。
 国宝の本堂は、南北朝時代1360年に再建されたものです。入母屋造の檜皮葺です。右上の写真は、三重塔の位置から本堂の庇を見たところです。本堂内陣には中心の厨子に秘仏本尊千手観音が安置されています(平成15年に開帳されたそうです)。そしてその左右に雷神、そして左右に分かれて二十八部衆(のうち二十七?)が並んでいます。これらすべて国の重文です。そしてそして、お約束の内陣裏がまた充実しているんです。高さ40cmぐらいの十二神将がずらっと二列横隊で行儀よく整列し、平安末期作で国重文の釈迦如来坐像、鎌倉時代作の慈恵大師像、像に乗る普賢菩薩像、不動明王など素晴らしいお宝が目の保養をさせてくれます。
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 本堂の脇を通り、左上のように少し階段を登ると三重塔です。国宝です。古めかしく、黒々として重厚な塔です。1400年建立です。高さ22.8m、相輪も含めて往時のまま残っている貴重な塔です。
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 本堂や三重塔の裏が山の斜面になっているため、裏に回るとより高い位置から見られたりして、様々な角度からこの三重塔と本堂の景色を楽しめます。左上は、本堂の庇の位置から三重塔を眺めたところ、右上は2層目の真横の高さから水平に見たところです。高欄や三手先の組物がすぐ目の前にはっきりと見られるところもここの特徴です。
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 その本堂、三重塔のまわりの山道に左上のような小さな石仏群が並びます。近江西国三十三観音をあらわす石仏群です。また、本堂の横には右上の薬師堂があり、薬師如来が祀られています。決して広くはないお寺ですが、見るべきものはたくさんあります。

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善水寺

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 滋賀県湖南市(平成16年の合併で誕生しました)には、延暦寺に縁のある天台宗の湖南三山という寺があり、そのすべての本堂が国宝になっています。
 善水寺はもともとは奈良時代初期の草創のようですが、平安初期にここの霊水により桓武天皇が病気平癒となり、善水寺の号を賜ったということです。ここの国宝は本堂です(上写真)。南北朝時代(1366年)に再建されたものです。入母屋造、桧皮葺の巨大な建物です。滋賀県の天台宗の寺に共通する落ち着いて、重厚で、美しい堂宇です。正面に広いスペースがないので、ご覧のように精一杯下がって35mm換算28mmで撮っても屋根の端が切れてしまいます。内陣中央には本尊の薬師如来坐像は秘仏で、平成13年に開帳され、次の開帳は決まっていないとのことです。胎内から多量の稲籾と正歴4年(993年)の記述が見つかったそうです。現在は国重文ですが、いつ国宝になってもおかしくないと思います。本尊が安置されているであろう古めかしく立派な厨子を挟んで、十二神将がずらっと横一列に並びます。手がもげているなど破損が多いですが、彩色がよく残っており、一体一体表情やかぶりもののバリエーションが豊富で、異彩を放っています。十二神将の後ろには左右二体ずつに分かれて四天王が並びます。持国天の腹の出具合が親近感を誘います。さらにその後ろには中央厨子の右に帝釈天、左に梵天が鎮座するという豪華オールスターキャストというか、まさに立体曼陀羅といっても過言ではありません。帝釈天と梵天は左右対になっていますが、着ている衣文の波が微妙に違ったりします。四天王、梵天、帝釈天すべて明治時代は国宝でした。現在は重文です。
 滋賀の天台宗の寺に共通するのが、内陣の裏にお宝が一杯あるということです。この善水寺もいっぱいあります。まず、内陣裏の中央の聖観音菩薩を中心に左右にお宝が勢ぞろいです。この聖観音は高さ1mちょっとの坐像ですが、お顔が大きく顔や体は青銅色、そして細かい意匠の装身具をもち、きれいな玉がいっぱいついています。赤と白の反射板みたいなのがついています。聖観音の右側には不動明王、兜跋毘沙門天、そして増長天と並びます。この兜跋毘沙門天は、女性の肩に乗っており、衣装や冠が日本離れした中央アジア風(?)です。増長天の表情はものまね芸人がやる森進一みたいな表情です。そして向かって左には、釈迦如来坐像、文殊菩薩、持国天が並びます。釈迦如来はお顔がきれいな金色で、大変立派です。
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 本堂の他には、百伝池、そして霊水場があり、また左上の元三大師堂があります。少し下がったところに右上のような磨崖仏が彫られています。不動明王です。
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 同様に本堂から少し下った場所に観音堂があります。左上の写真です。この中には、右上の聖観音菩薩坐像が安置されています。これが坐像で高さ2.5mという丈六仏です。金箔でキラキラで、一見ごく最近の作のように見えますが、なんとこれが平安時代の作なのだそうです。平安時代でこれだけ金箔が残り、町の文化財指定のみというのもちょっとよくわからない気が・・・。なんでもありません!

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三井寺

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 滋賀県大津市、琵琶湖のほとりに広大な伽藍を誇る三井寺。すでにアップしている石山寺とは車で15分くらいの距離で一緒にまわるのが普通でしょう。私も石山寺と同じ日に訪れました。知名度は石山寺のほうが上かもしれませんが、敷地の大きさ、伽藍の多さ、文化財の数では完全に石山寺を凌いでいるでしょう。左上は仁王門で国重文です。1452年建立、甲賀常楽寺より移築されたもの。
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 ここのハイライトはこの金堂でしょう。1599年建立の国宝です。大変大きな建物です。屋根と下の部分のバランスが素晴らしく、入母屋の突き出た部分の大きさと、その反り具合がそれはそれは美しく、黒々として重厚感いっぱいの建物です。檜皮葺です。これだけでも観るべき価値は大きいです。中にもお宝が一杯あります。内陣の向かって左には大黒天、閻魔王坐像、毘沙門天(江戸時代で顔がいい!)、などが並び真裏には聖徳太子像、毘沙門天(鎌倉)、大きな大日如来(平安)、大きな不動明王(平安)、十一面観音(平安)、阿弥陀如来三尊像(鎌倉)、向かって右には宝冠釈迦如来(髻が高くて顔が大きい、室町)、不動明王二童子像、阿弥陀如来(江戸、荘厳で重厚)などなどたくさんの仏像を楽しむことができます。
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 金堂以外にもたくさん見所があります。左上は金堂の脇にある閼伽井屋で泉がポコポコ沸いています。天智、天武、持統の三天皇の産湯として使ったことが三井寺の名の由来だそうです。そしてこの小屋には伝説の「左甚五郎の龍」があります。すぐ近くで見られます。右上は伝説「弁慶の引き摺り鐘」で弁慶が引き摺ったと言われる跡がついています。
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 左上は一切経蔵(国重文)で中には右上の八角輪蔵があり、一切経が収められています。
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 左上の三重塔があり、その隣には右上の潅頂堂を含む唐院があります。国重要文化財であります。
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 唐院から階段を降りて少し行くとここのもう一つのハイライトである、微妙寺があります(左上)。名前が微妙です。ここには国重文の十一面観音像があります。平安時代の作で、1mあるかないかの真黒な仏様です。幼児体型の可愛らしい仏像です。右側にいらっしゃる毘沙門天(鎌倉)のポーズがりりしくてまたいいんです。さらにここから少し行って階段を登った所に観音堂があります(右上)。ここだけでも結構広いんです。鐘楼や百体堂などいくつかの建物があります。観音堂は、一層目の屋根が大きく安定感のある、幅広の建物です。
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 観音堂からさらに少し登ると展望台があり、左上のような琵琶湖の眺望が観られます。そして、下って行って出口に向かって行くと右上の水観寺という別所があり、ここには薬師三尊を中心として、50cmぐらいの十二神将が右左に6体ずつずらりと並びます。
 正直言って石山寺のついでに訪れた三井寺でしたが、観るべきものはたくさんあり、時間もたっぷりかけることができる大寺です。

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医王寺

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 滋賀県伊香郡木之本町にある医王寺。これまで何度も高月町周辺の観音様をアップしていますが、ここもそういういわゆる『観音の里』の守備範囲ではあります。しかし、その中心となる高月町渡岸寺(向源寺)からはかなり離れた場所にあります。実は、このあたりは何度か来ているのですが、この医王寺の十一面観音を拝見するのは今回が初めてです(2010年5月22日)。今まではこの場所まできたのですが、もう夕方になっていて予約もしていなかったり、時間がなくて足を伸ばせなかったりしました。
 今回は最初からこの医王寺狙いで来ました。岐阜市から国道303号を延々と琵琶湖(というより余呉湖)に向かって行きました。おそらく、少し前まではとても車では行けた様なコースではなかったと思われますが、今は割とすんなりと行けてしまいます。道も空いていて(バイクのツーリングはやたら多いですが)、気持ちのいいドライブです。長~いトンネルをいくつも抜けて、木之本町に入ったところで大見という渓谷をどんどん上流へ向かいます。最後はめちゃめちゃ細い道になってようやく医王寺に到着します。
 今回は前もって世話役の方に連絡を入れておいたので、ちょうど着いたときに世話役の方が十一面観音が安置してある厨子を開けられるところでした。
 十一面観音立像は、国重文で、平安時代(10世紀~11世紀始め)の作とされます。像高は152cm、クスノキの一木造りです。眠そうな半開きの目、薄い唇が特徴です。表面の金箔がわずかに残っており、当初は金ぴかだったことがうかがえます。左手の宝瓶は後補のようです。多くの十一面観音は左足に重心が乗り、やや腰を横にずらして立っていますが、ここの観音様は割と直立しています。また、よく見ると衣文は結構流麗なラインを描いています。
 もともとはどこかのお寺にあったのだと思われますが、明治時代の廃仏毀釈により人手に渡ってその後流転の運命をたどったようです。

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石山寺

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 滋賀県大津市にある石山寺。ここは、紫式部が『源氏物語』を執筆したといわれている場所です。そもそもの創建は奈良時代ですが、現存する建物は平安期~江戸時代のものです。琵琶湖のすぐ脇にあり、少し高い場所に登ると琵琶湖がよく見えます。まず始めに左上の東大門が出迎えてくれます。重要文化財です。一層で屋根は入母屋、大変安定感のある門です。金剛力士像がにらみをきかせています。
 門をくぐり、階段を登っていくと蓮如堂、観音堂、毘沙門堂などがあり、右上の本堂にたどり着きます。本堂は懸造り(いわゆる舞台)の寄棟造りです。お参りをする場所に大きな赤い提灯がぶら下がっています。この本堂は国宝です。内陣は平安末期に造られ、建物そのものは淀君により1600年代初期に建てられたものです。
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 本堂を正面から見ると左上ののように確かに結構高い舞台になっています。そして、本堂の横には、なんと今も紫式部が『源氏物語』の続編を書いています。しかも、「着衣 十二単」というご丁寧な説明まであります。写真を撮っていると後ろからちょこっとこちらに顔をのぞかせた可愛い子どもがいました。誰なんでしょう。
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 そして、石山寺のハイライトとも言えるのが硅灰石の上に聳え立つ、多宝塔です。左上写真の多宝塔の手前にあるのが、硅灰石の壁です。この石というか岸壁そのものが天然記念物です。これを登るとこの日本一古く、日本一美しい多宝塔があります。国宝です。今回の最大のお目当てです。本当に美しい。どの角度から見ても、美しい。
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よく見ると、二層目の塔身は驚くほど細く、華奢なんです。しかし、一分の安定感も欠かないのは、一層目の屋根から二層目の塔身にうつるつなぎの部分がもっこりとボリュームを持たせてあり、欄干の彫刻や二層目の屋根の美しく突き上げるような反りが、見事にバランスを保っています。この古びた感じも含めて日本一美しいは嘘ではありません。一層目の中にはなんと快慶作大日如来坐像がいらっしゃいます。像そのものも重要文化財です。
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 境内には豊浄殿という近代的な宝物殿があり、そこでは「石山寺と紫式部」というベタな企画展をやっておりました。入りましたが、源氏物語にあまり造詣が深くない私にはよくわかりませんでした。また、広い境内を歩いていると、左上のようなモニュメントがあります。
 ここの売店(東大門の外)には右上の「おおつ光ルくん」というゆるキャラのグッズがほんの少しだけあります。そのゆるさは、ひこにゃんを凌ぐといっても過言ではありません。ちなみに右上のクリアファイルは200円です。石山寺のあと、三井寺に行ったのですがそこにはひこにゃんやせんとくんのグッズはありましたが、おおつ光ルくんグッズはありませんでした。クリアファイルを買いに石山寺まで戻ってきたのでした(自爆)。

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感応山観音寺(黒田観音)

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 滋賀県伊香郡木之本町にありますが、いわゆる『観音の里たかつき』というくくりでとらえてよいと思います。
 黒田観音寺。北陸自動車道を木之本ICで降り、余呉湖に向かったところにあります。あまりに狭い町中に小さなお堂がポツンと建っているだけですのでなかなか見つけるのは難しいです。また、当然ながら中の仏像は撮影できませんので、写真に撮れるのはお堂の外観ぐらいです。無住のお寺ですので、基本的に人はいません。世話方の電話番号が書いてありますのでそこに電話をして運が良ければ開けていただけます。
kannonji4.jpg 一たび中に入り(中も狭いです)、重文の千手観音を拝してたいてい初めての人はびっくりするでしょう。あまりに立派、199センチ、蓮台合わせて3メーター超!、18本のそれそれはふくよかでふっとい腕、一本一本の手が宝珠やら宝剣やら、宝塔やら蛇(!)やらを持って圧倒的な迫力で迫ってきます。すぐ目の前で拝むことができ、とうぶんそこを離れたくなくなります。18本の腕がくっついている上半身は当然下半身よりもどっしりとして大きくなりますが、意外なことに不自然さは全くありません。ゴテゴテ感のある上半身に比してスーッとした下半身でバランスを取っているのかもしれません。
 目が吊り上って薄い唇なので一見冷たい感じもしますが、顔全体がふくよかなので見ているとだんだん穏やかな眼差しに見えてきます。
 お寺の脇には写真のような池とちょっとした公園のようなものがあります。寺と関係があるのかどうかはわかりません。

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鶏足寺跡(旧飯福寺)

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 ここは正しくは木之本町にありますが、観音の里『高月町』と同じ場所と考えてよいでしょう。高月の渡岸寺とセットで訪れるべき場所です。すでにアップしている、己高閣・世代閣に車を置いて、そこから少し畑を横切って山に入っていきます。10分ほど歩くと、鶏足寺に着きます。己高閣・世代閣を初めて訪れた昨年(2008年)は、まったく予備知識がなかったので、紅葉時期より少し早い時期に行ってしまったのですが、この鶏足寺という場所が紅葉で有名だということで今年(2009年)は紅葉時期を狙って訪れました。
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 鶏足寺はもともと飯福寺といって、8世紀に創建された奈良の興福寺の末寺で、かつては多数の伽藍や塔頭を持つ大寺だったようですが、明治の廃仏毀釈によりさびれていき、昭和初期に焼失したのだそうです。仏像は、先述の己高閣・世代閣に安置されています。現在は鶏足寺跡と呼ばれるぐらいですから、基本的にはお寺とは言えないかもしれません。参道を登っていくと上のほうに本堂らしき建物はありますが、あくまでも跡地に後から建てたというものです(右上写真)。
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 ですから、ここは寺院としてよりも紅葉狩りのスポットとして有名なのです。紅葉を撮るには午前中に限ると思い、朝早く家を出て9時には現地についたのですが、もう結構な人出で、みなさんすんごい機材を持って紅葉を撮っていらっしゃいます。観光バスで来た団体客もたくさんいました。
 ここから歩いて5分ぐらいで石道寺に行くことができます。

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龍應山西明寺

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 滋賀県犬上郡甲良町にある西明寺(さいみょうじ)。湖東三山の一つに数えられます。834年、三修上人により創建の天台宗の寺院です。
 結構長い参道があり、参道の下に車をとめて歩いて登っていくこともできますし、参道の半ばにも駐車場がありますので、途中から登っていくこともできます。樹齢1,000年という夫婦杉を横目に見ながら登っていくと、まず二天門があります(写真右上)。
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 この二天門は国の重文で、左右には金剛力士像ではなく、持国天、増長天がいます。ゆえに二天門です。そして二天門をくぐると本堂です。鎌倉時代初期に飛騨の匠により建造され、釘を一本も使用していないのだそうです。寺自体は織田信長により焼き討ちにあったのですが、幸いこの本堂と、三重塔(国宝)、二天門だけは残ったのだそうです。本堂が国宝指定第1号なのだそうです。
 本堂の中には、たくさんの仏像が安置されています。本尊の薬師如来像は秘仏で厨子に入っています。、住職一代につき一回だけ開帳されるそうです。厨子の両脇には日光・月光菩薩があり、その隣に左右6体ずつ十二神将が勢ぞろいしています。この十二神将は運慶の弟子の作だということです。その外には四隅に四天王が安置されています。この内、多聞天と広目天が国の重文に指定されています。さらにその外側には左に毘沙門天、右に増長天の像があります。この増長天は特に立派で、3mぐらいあるように見えます。
 内陣の裏に入るとまたまたお宝の山で、阿弥陀三尊像(阿弥陀如来、観世音菩薩、勢至菩薩)は快慶作と言われ、大きくはないですが、素晴らしいクオリティです。精緻な意匠の光背は一枚の板でできているということです。他にも清涼寺にある釈迦如来を模作したという釈迦如来像(国重文)や親鸞上人像、元三大師像などなどガイドの方が丁寧に内陣裏を案内してくださいます。必死にメモを取りました(笑)。
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 もう一つの国宝三重塔。鎌倉時代後期の作でやはり釘を使用していない総桧の建物です。塔の高さは23.7m。その古さ加減といい、三層の安定感といい、本堂とのコンビネーションといい、素晴らしいです。特に初層と二層の軒の反りが美しいです。組物は三手先です。初層内部には大日如来が安置され、鎌倉時代では国内唯一という壁画があり、法華経の図解、脇侍仏などが描かれています。
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 参道を少し下ると国指定名勝庭園蓬莱庭があります。仏様を象徴する石組や、池の中には鶴や亀を型どった石が配されているとのことですが、この庭についてはよくわかりません。紅葉時は綺麗なのだろうと思いますが。

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百済寺(湖東三山)

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 606年、聖徳太子が渡来人のために創建したという百済寺。「くだらでら」ではなく、「ひゃくさいじ」です。百済を「くだら」と言うようになったのは、もっと後のことなのだそうです。創建当時の建物はなく、本堂が1650年に再建されたものです。本坊を通過して参道に出ると左上の写真のように階段の参道を登っていきます。日曜日だというのに、参拝者はまばらです。ここの参道はそれほど息が切れることはありません(笑)。すると、右上写真のように仁王門があります。
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 左右の仁王様を眺めながらくぐると、五木寛之さんが「空中楼閣のようにグーっと迫ってくるようだ」と評せられた本堂が見えてきます。木々の間からのぞく本堂の庇は本当に画になる光景です。
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 そして、いよいよメインの本堂です。現在の建物は創建1650年、国重要文化財です。正面中央に唐破風がついている仕様です。本尊は阿弥陀如来坐像で、厨子の中に安置されている秘仏です、と公式HPには書いてありますが、ここの受付にいらっしゃった方は厨子の中にいらっしゃるのは、十一面観音で、植木観音と呼ばれているとおっしゃってみえました。とにかく、右上写真の中央にいらっしゃるのは前立で、少なくとも坐像ではありませんね。
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 そしてこの厨子の左には如意輪観音(半跏像)、右には聖観音がいらっしゃいます。どちらも大変端正なお顔をしていらっしゃいます。
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 再び本坊まで降りてきて今度は庭園を観に行きます。池を中心に、背後の山の斜面も含んだ広大な庭園になっています。上まで登ると結構遠くまで望むことができ、絶景です。訪れたのはちょうどサツキ・ツツジが終わったころだったのが残念です。紅葉時はさぞかし美しいことでしょう。
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 最後に涼しげな参道と石垣の様子と、本坊から車で2・3分下ったところにある赤門の写真です。

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金剛輪寺(湖東三山)

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 金剛輪寺は滋賀県愛荘町にある、湖東三山の真ん中にある天台宗のお寺です。行基菩薩により741年に創建。本堂の大悲閣が国宝に指定されています。ここに行き着くためには長い参道を登る必要があります。「観音さまにお祈りしましょう。ご利益いっぱいの300メートル。がんばりましょう。汗しましょう。」というありがたい(笑)看板があります。300メートルぐらい・・・、これがなかなかどうして、運動不足の身にはこたえるんです。途中にある千体地蔵が参拝者を黄泉の国へ誘います(嘘)。
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 そして、ふらふらになりながら登っていくと最後にとどめの階段があります。そしていよいよ二天門。中にいらっしゃるのは金剛力士像だと思うのですが、二天門というぐらいですから仁王様でないかもしれません。
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 そしていよいよ国宝の本堂大悲閣です。すばらしい威容を誇っています。太い柱が荘厳さを醸し出しています。この本堂の向かって左に三重塔があります。三重塔は国重要文化財です。
 国宝の本堂大悲閣にはたくさんの仏像が安置されています。真ん中に本尊の厨子があり、その前に前立があります。前列に四天王、両翼に二体の阿弥陀如来(国重文)、そして本尊の厨子の左右に毘沙門天と不動明王がいらっしゃいます。内陣まで入ることができますし、内陣の裏にもまわれます。内陣の裏には十一面観音や慈恵大師像など(ともに国重文)があり、絶対に見逃せません。
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 三重塔は建立は国宝の大悲閣より古いのですが、荒廃して原形をとどめない姿になっていた状態で国重文に指定されました。そして、昭和53年に修復が完了しました。本堂から見ると少し上の方に建っているので余計に立派に見え、古い感じもよく再現されています。
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 再び参道を降りると、国指定の名勝庭園があります。左上は茶室水雲閣で、「赤報隊」決起の場として知られているとのことです。また、右上のようにまるでニューメキシコ(アメリカ)にあるプエブロのような建物もあります。これだけ見るとどこの国かわかりません。

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己高閣・世代閣

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 「ここうかく」、「よしろかく」と読みます。高月町方面にありますが、やや離れて正確には木之本町です。もともと別の場所にあった鶏足寺(けいそくじ)にあった寺宝をあつめた収蔵庫が己高閣です。人がいないときは閉まっていますが、世話係の方が近くにいらっしゃるので開けていただけます。中には182cmの十一面観音(重文)、七仏薬師如来、日光菩薩、月光菩薩などなど実にすばらしい仏像がならんでいます。じっくりと時間をかけて見ることができます。
 もともとこれらがあった鶏足寺はここからかなり離れているようですが、紅葉の穴場として近年人気があるそうで、紅葉の時期には人でにぎわうとのことです。
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 そしてその己高閣の裏手に同じような新しい収蔵庫である世代閣があります。世代閣は世代山戸岩寺(といわじ)の寺宝が保存されています。
 重文の薬師如来立像、十二神将(重文)、魚藍観世音立像など、こちらも見応え十分です(重文だけに)。高月町からだと自動車でしか行けないと思いますが、行って損はないと思います。

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高月町赤後寺

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 唐喜山赤後寺(からきさんしゃくごじ)といいます。コロリ観音と呼ばれているそうです。これも高月町の無住のお寺の一つです。私が訪ねたときはたまたま他の人も訪れていて、世話役の方がすでにいらっしゃったのですぐに見ることができました。中には大変立派な厨子の中に聖観音立像と千手観音立像がいらっしゃいます。どちらも手がもげている仏様です。賤ヶ岳の戦いなどの戦火の中、村人が観音様を守ろうと川の中に沈めて隠したということです。「人々に降りかかる災禍を一手に引き受けてくださってこのようなおいたわしいお姿になられたのです」という地元世話役の方の語りが胸を打ちます。そうした姿を人目にさらすのは仏様も気が引けるだろうということで長らく秘仏になっていたのでした。どちらも重文。

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高月町西野薬師堂

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 観音の里、滋賀県伊香郡高月町にある小さな小さな無住のおの一つ。重文の薬師如来立像と、重地面観世音立像が安置されています。どちらも戦乱の世を生き抜き、村人の信仰心によって守られたありがたい仏像です。
 誰も人がいない無住のおですので、拝観を希望する場合は、そこの案内板に書いてある世話係の方に電話をかけて都合がつけば開けていただけるというシステムです(システムって・・)。
 私が訪ねたときは、ちょうどお昼どきで、さぞかしご迷惑だっただろうなと思いましたが、世話係の方には大変親切に対応していただき、説明のテープを流してくださった後も、いかにこの地域の方々がこの仏像を大切に守っているかというお話をしてくださいました。また、本当に手が触れられるぐらいの距離で拝むことができ、思わず見とれてしまいます。

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高月町渡岸寺

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 滋賀県伊香郡高月町。ここは『観音の里』の異名をもち、十一面観音、千手観音などなど実にたくさんのお寺に安置されています。
 そのどれもが、戦国時代や廃仏毀釈を乗り越え、村の人たちに何百年も守られてきたものです。そして、その多くが観音像を守るために地中に埋められたり、川の中に沈められてたりして人目から守られたものです。その証拠が仏像の表面の色であったり、傷みであったり、破損であったりします。とにかく次の代にこの仏様を受け渡さなければならないと真摯に願う村人の心がこうして仏像の形をして現われているのです。
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 そうした高月町の仏像のハイライトはここ、渡岸寺の十一面観音(国宝)です。文献には『どがんじ』とルビがふられていますが、私が出会った地元の方は『どうがんじ』と言ってみえました。かつては観音堂に安置されていたそうですが、今は立派な収蔵庫(左上写真)に安置されています。係の人が説明のテープをかけてくれて、テープが終わってもいろいろ説明してくれます。たまたま訪れたのが月曜日だったので人はまばらで、十分説明を聞くことができました。
 係の方のお話では、観音堂に安置されていたときの方が雰囲気があってよかったと言う人もいるそうです。しかし、収蔵庫にあるおかげで、この観音様の全周囲を回って見ることができます。特にこの圧倒的に美しい仏像を真後ろから見ることができます。十一面観音お約束の暴悪大笑相がはっきり見えます。もしこれを読んでから行ってみようと思われる方は、双眼鏡か望遠鏡を必ず持っていかれることをお勧めします。絶対に持ってきてよかったと思われるはずです。
 片足を少し前に出し、腰をやや斜めにしたその姿は薬師寺の日光・月光菩薩と同様に本当に美しいです。表情も温和でなんとも言えぬ気高さとありがたさがあります。好きな仏像NO.1に挙げる人がいるのもうなづけます。

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