FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カテゴリー:スポンサー広告 ★ comments(-) ★ trackbacks(-) ★ TOP↑

≫ EDIT

當麻寺(当麻寺) その1

taimadera02 taimadera05.jpg
 當麻寺(当麻寺たいまでら)は、奈良の中心市街(奈良公園付近)から南(大和高田市)に下り、さらに西の方へ行った葛城市にあります。さらに西の太子町(大阪府)とは二上山(にじょうざん、ふたかみやま)という歴史上大きな役割を担う山で隔てており、その二上山の麓に當麻寺はあります。大きな伽藍をもつ、大寺です。白鳳時代(681年)に始め創建され、奈良時代初期にかけて徐々に堂宇や塔が整備されて行きました。
 ここは東塔、西塔の二つの三重塔が両方とも国宝になっている唯一の寺です。左上の写真が双塔のツーショットが撮れる数少ないスポットです。手前(左)が東塔で奈良時代の建立で、向こう(右)が西塔で平安時代の建立です。どこか高台に上がるともっといいスポットがあるのかもしれません。しかし、十分すぎるほど美しいです。ちなみに左上の写真は電線などを消してあります(ばらしてしまった)。
 右上の写真は、正面が本堂である曼荼羅堂、向かって右が講堂、左が金堂です。どのお堂も古く、素晴らしいお宝が安置されています。また、この参道から見た3つのお堂の俯瞰も見事です。この寺のメインストリートです。まさに堂々としているという感じです(違うか)。
taimadera41.jpg 左は曼荼羅堂を斜めから見た所です。奈良時代に建立され、その後平安時代に外陣を拡張したものです。お堂自体が国宝です。歴史の重みを感じさせる重厚で天平の建物らしい、美しい造形です。 ちなみにこの當麻寺は中将姫の伝説で知られています。中将姫は奈良時代の藤原家の娘で、継母にいじめられ命を狙われるようなことがあっても決して恨まず人々の幸せを祈って写経をしたり、極楽浄土の様子を曼荼羅として布に織ったということです。その中将姫が織った曼荼羅がこの當麻寺にあり、国宝に指定されています。しかし、そのオリジナル版は実際に現存するかどうかどうもあやしいようです。で、この曼荼羅堂に安置されているのは写本というかレプリカみたいなもので、それでも室町時代のものと、江戸時代のものの2種類があるようです。どうも現在掲げられているのは室町時代のもののようです(重文です)。この曼荼羅は縦横4メートル近くもある大きなものです。素晴らしい意匠の凝らされた立派な厨子に掛っています。奈良時代の作です。この厨子はこれまた素晴らしい須弥壇の上に乗っています。須弥壇は鎌倉時代の作のようです。貝で作られた模様が今でも往時の美しさを伝えています。厨子と須弥壇は国宝です。
 また、この曼荼羅が掛っている板の裏側には、オリジナルの曼荼羅をはがした時のあとが残っており、仏や菩薩の図柄がはっきりわかるのだそうです(裏板曼荼羅)。また、この厨子の左側にいやっしゃる阿弥陀如来も衣の意匠がすばらしく威厳のある仏様です。
 曼荼羅が掛かる部屋の奥には、十一面観音があります。一木彫で弘仁時代(平安初期)作の重文です。大きく立派で黒々としており、大変美しいです。向源寺の十一面観音にもひけをとらないものがあります。扉の意匠がやけに近代的てテクニカルな厨子に入っておられます。
 ちなみにこの當麻寺は何宗という宗派がはっきり決まっていません。したがって當麻寺の僧侶というのはいないのです。真言宗と浄土宗が交代でこの曼荼羅堂を含め4つの大きな塔頭の管理を行っています。当番が変わるとパンフレットなどもすべて変わるのだそうです。
関連記事
スポンサーサイト

カテゴリー:奈良comments:0trackbacks:0TOP↑















非公開コメント

http://nexuskt.blog71.fc2.com/tb.php/118-e7340cdb

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。