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毛越寺

 平泉シリーズ第2弾は毛越寺です。中尊寺と同様平泉にあり、同じく慈覚大師円仁により850年に創建されたと言われていますが、奥州藤原氏二代基衡と三代秀衡の時代に大伽藍として造営されました。特に基衡の代(1050~1056)に飛躍的に大きくなったようです。最盛時は堂塔40、僧坊500を数え中尊寺をもしのぐ大伽藍だったとのことです。その後鎌倉時代、戦国時代に大火に遭い、建物はすべて焼失してしまいました。しかし、大泉が池を中心とした庭園と堂塔の礎石だけは当時のまま変わらず残っています。2011年に中尊寺らとともに世界文化遺産に「平泉ー仏国土を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として登録されました。中尊寺からは車で10分程度の距離にあります。
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 境内は左上の図のようになっており、大泉が池を中心に庭園とかつての伽藍の礎石がメインです。建物らしいものは図の右側にある本堂と宝物館などくらいです。右上が入り口で、図で見ると池の右上端あたりです。
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 入り口を入ると広い境内があり、その正面突き当たりに左上の大きな本堂があります。平安時代の様式に則って平成元年に建立されたごく新しい建物です。右上は本尊の薬師如来立像で、平安時代の作と言われています。
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 本堂に向かって右に大泉が池と庭園が広がります。左上は一番最初の図で言うと④南大門あたりから上に向かって撮ったアングルの大泉が池です。写真の真ん中で池の中に石が立っているのはその名も「池中立石(ちちゅうたていし)」です。その左に見えるのは池に浮かぶ船で、観光客を乗せるようです。
 右上は図の⑩金堂円隆寺跡です。礎石しか残っていませんが、両翼に回廊を持ち、毛越寺の中心を成す建物だったようです。本尊は焼失しましたが、京都の仏師に作らせた丈六の薬師如来であったということです。
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 左上の写真は図の⑦開山堂です。毛越寺の開祖慈覚大師円仁を祀っている場所です。右上がその内部です。中心にあるのが開祖円仁の像で、向かって左側に藤原氏三代の肖像が懸かっています。
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 左上は⑭常行堂とその前に鎮座する可愛らしい石仏です。右上も同じく常行堂です。この建物は1700年代に藩主の伊達氏の武運長久を祈って再建されたものです。
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 常行堂の中には左上の宝冠阿弥陀如来がいらっしゃいます。あまり大きなものではありません。また制作年代等も書いてないのであまり古いものではないのかもしれません。建物の奥に秘仏摩多羅神というものが安置されており、33年に一度御開帳とのことです。
 右上は常行堂の脇を流れる「遣水(やりみず)」です。遣水とは池に水を流す水路のことですが、玉石を敷き詰め、水を流すための様々な工夫とそれを美しく見せるための意匠が凝らされたものです。
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 上の写真は左右とも最も毛越寺らしいと言える写真です。池自体もその場所により様々なストーリーと浄土の世界観を表しています。己のイマジネーションと対峙しながら回る場所です。そんな場所を世界遺産に登録するなんざ、ユネスコもなかなか憎いことをしますな。
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