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蓮華王院三十三間堂

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 まさに、『仏像の宝石箱や~』と叫びたくなる、仏像の殿堂です。なんてったって一度に千体以上の仏像を見ることができるのです。それも一つ一つがだいたい人の大きさと同じような、一体でも十分ありがたい、一体でも美術品と呼べるクオリティの高い仏像が千体。その上、圧倒的な迫力で人々に救いの手を差し伸べる湛慶作の千手観音坐像(国宝)、さらにさらにそれらの千体仏の前に端から端までずらーっと並ぶ風神・雷神像と二十八部衆(ともに国宝)、果てしなく続く三十三間という永遠。
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 このようなものを作ってしまえる日本人とは一体何なのか。どのような祈りがこれを作るエネルギーとなるのか。それは祈りなのか、惧れなのか、懺悔なのか、あるいは贖罪なのか。
 訪れる人は多く、始めこそ「小学校の修学旅行以来や」とか、「うわー、いっぱいだ」とかワイワイ騒いでいますが、進むうちに明らかに口数は少なくなり、だんだんと堂内は静寂に包まれていきます。小学生の時にはわからなかったオーラに体を支配されていくことがわかるからです。一体一体が違う表情であり、それぞれの独特な意匠であることを確認すべく、ゆっくりゆっくりと進みたくなります。そして、背後の障子戸から差す太陽の光により、一体一体の仏が一斉にぱぁーっと金色に輝く瞬間があり、そんなことまで計算されていることにただただ驚くばかりです。
sanjusangendo08.jpg 千体仏のいくつかには、作者を示すプレートがついています。いわゆる慶派とか、円派とかの精鋭が作成したことがわかります。プレートがついているのでそう思うだけかもしれませんが、湛慶作の仏像は他とやや違い、単に仏様のありがたい表情だけでなく、どこか人間的で写実的な柔らかい表情をされているように感じます。また、中央の巨大な(335cm)千手観音坐像も湛慶作で、82歳の時の作なのだそうです。光背の意匠も含め実にありがたく、完璧な仕事をしています。何千年も人々を救うものを人の手が作ったというのは本当にすごいことです。二十八部衆も一体一体が実にバラエティに富み、一つとして素通りできません。天使のような羽根が生え、カラスのくちばしに横笛を吹く迦楼羅王、5つ目を持ち、琵琶を弾くギタリスト摩睺羅王、血管浮き出まくりの密遮金剛(仁王)、なんちゅう表情やねんな風神などなど、一つ一つコメントできるぐらいです。
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